学会大会における行事

特別講演

5月11日(土曜日)13:00~14:30 文1講義室
演 者
原 塑(東北大学大学院文学研究科)
司 会
坂井 信之(東北大学大学院文学研究科)
指定討論者
荒川 歩(武蔵野美術大学)

刑法と感情
¯感情に基づく法的判断の健全性¯

 裁判員制度では,有権者の中から抽選によって裁判員を選び出し,殺人や傷害致死など重大な犯罪に対する裁判に直接関与させている。裁判員は公判に立ち会い,裁判官とともに評議を行い,有罪か無罪か,および有罪の場合にはさらにどの程度の量刑が適切かを決定する。このように,法的判断を下す現場に一般の人々が参加する必要があると考えられるのは,専門家が下す法的判断が一般の人々の道徳的判断からしばしば大きく乖離し,その結果,一般の人々からの支持を司法制度が失っていく恐れがあるからだ。他方,一般の人々が下す道徳的判断が行き当たりばったりであったり,無秩序であったりすれば,司法への市民参加が進んだとしても,司法制度は社会からの信頼を失っていくことになる。
 このように,司法制度に一般の人々が直接参加することが正当化されるのは,一般の人々が下す道徳的・法的判断が,ある種の合理性をもつことが期待される限りにおいてである。また,一般の人々の判断にみられる合理性は,弁護士・検事・判事など法の専門家の判断が示す合理性とは異なるはずだ。そこで,このような一般の人々の判断にみられる合理性を,通常の合理性(rationality)と区別して,健全性(reasonableness)と呼ぶことにしたい。
 アリストテレスを始めとする哲学史研究や政治哲学上の様々な著作で著名なアメリカの哲学者マーサ・ヌスバウムは,英米法の伝統に依拠して,感情に導かれた一般の人々の判断の健全性を検討する研究を行っている。ヌスバウムは,一方で,法的判断を様々な感情によって根拠づけることの重要性を強調するが,他方で,感情の中には根本的に健全性を欠いたものがあり,そのような感情を法的判断の根拠づけに使用すべきではないと主張する。また,このような健全性を欠いた感情の典型例が嫌悪であるとされる。
 この発表では,ヌスバウムの法哲学上の研究を批判的に検討し,また感情に関する心理学・神経科学上の研究を考察しながら,嫌悪を含め感情に導かれた判断が健全性をもつためのいくつかの条件を明らかにする。この考察に基づいて,司法への市民参加を進めるための提言をしたい。

仙台大会記念講演

5月12日(日曜日)11:00~12:00 文1講義室
演 者
今村 文彦(東北大学災害科学国際研究所副所長)
司 会
阿部 恒之(東北大学大学院文学研究科)

「東日本大震災における科学の役割~心理学への期待」
 従来の評価を大きく上回る規模の地震により巨大津波が発生し,広域で甚大な被害が生じてしまった。そこには,M9の連動した断層破壊があり,海溝での50mを超えるすべり量が第二段階の巨大な津波を発生したと考えられている。従来,三陸沖や宮城県沖で繰り返されていた地震や津波と大きく違うメカニズムであった。しかも,福島原発での事故も重なり,人類が過去経験のない未曾有の影響を与える複合災害の姿となっている。
 従来の科学および技術の限界を露呈した中,抜本的な見直しが現在始まっている。自然科学においては,過去の歴史に基づく地震および津波評価手法の問題点を克服する取組,複合災害の実態を解明し評価する試み,さらに,人間・社会科学として,情報発信・認知,避難行動さらには安全社会学の構築に向けての課題整理と解決の取組がある。当時の津波情報の内容,これに対する認知プロセスや対応行動,避難途中での問題などが検討されている。また,過去の被災経験から蓄積された災害文化が十分伝承できなかった状況もあった。今回の経験や教訓を取り入れた災害文化の形成も重要な課題である。本講演の中では,このような活動の一部を紹介させていただき,さらに,地域での復興や今後の防災・減災に資するため,学際的研究である実践的防災学の必要性と期待をまとめたい。

シンポジウム

5月12日(日曜日)14:30~16:00 文1講義室
企 画
中村 真(宇都宮大学)
司 会
内山 伊知郎(同志社大学)
話題提供者
大平 英樹(名古屋大学)
小川 時洋(科学警察研究所)
谷口 高士(大阪学院大学)
宇津木 成介(神戸大学)
中村 真(宇都宮大学)
指定討論者
大坊 郁夫(東京未来大学)

「感情概念の領域横断的検討:研究の歴史と方法の観点から」
 感情研究の分野では,研究者の多くが,明確な定義の欠如という状態に対して特に支障を感じることなく,活発に研究を行っている。たしかに,異なる研究方法によって,多様な「感情」の,多様な側面についての理解が深まることは重要であるが,同時に,個々の研究を体系的にとらえ,全体として総合的に理解することもまた重要である。感情研究の実りある発展のためには,研究対象となる概念を明確化し,共有することが重要である。
 概念の明確化のためには,心理学の下位領域において,感情がどのように定義され,用いられているのかを,古典から最新の研究論文にわたる文献研究,研究者へのインタビュー,研究者への質問紙による調査などとともに,研究の歴史と研究方法の観点から分析し,整理することが考えられる。
 このシンポジウムでは,このような観点から,学術用語としてわれわれ研究者が感情,および関連概念をどのように使用して来ているのかについて検討を始めることを提案したい。

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